【読書感想】仙台で読むからこそ沁みる。伊坂幸太郎『火星に住むつもりかい?』

読書・学び

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こんにちは、ゆいわです。

年末年始に実家へ帰ったとき、ふと自分の部屋を整理していたら、一冊の本が出てきました。
伊坂幸太郎さんの**『火星に住むつもりかい?』**です。

ページをめくる前に、少し不思議な気持ちになりました。
「この本を読んでいた頃の自分は、まだ仙台に住んでいなかったんだな」と。

今の私は仙台で働き、朝ランで街を走り、日常としてこの街を生きています。
かつては「物語の舞台」だった場所が、今では「自分の生活の風景」になっている。

そんな状態でこの小説を読み返すと、
ただの再読ではなく、過去の自分と今の自分が交差する読書体験になりました。

伊坂幸太郎さんの描く仙台の街と、
今の私が生きている仙台の街が、ページの上で重なっていく。
今回はそんな感覚を味わいながら読んだ『火星に住むつもりかい?』の感想を、INFJ(提唱者)という自分の気質も交えて書いてみます。


1. 仙台市民だからこそ味わえる「街の解像度」

この作品を読みながら何度も感じたのが、
「この場所、知ってる」という感覚でした。

アーケード、ビルの並び、公園の位置関係。
伊坂幸太郎の描写は決して細かすぎないのに、
仙台に住んでいると、頭の中に勝手に風景が補完されていくんですよね。

普段の朝ランで通っている道や、仕事帰りに歩く街並みが、
物語の中の舞台として立ち上がってくる。

これはたぶん、他の土地の小説では味わえない感覚です。
仙台に住んでいるからこそ、この物語の「不穏さ」や「違和感」が、
どこか現実と地続きのものとして感じられました。


2. INFJの私が感じた「群衆」への距離感

『火星に住むつもりかい?』には、「平和警察」という存在が登場します。
彼らは「正義」の名のもとに、誰かを公の場で断罪していく。

その様子を、市民たちは半ばショーのように見物する。
読みながら、私はずっとこう思っていました。

「私なら、あの場所には行かないな」

INFJ(提唱者)の気質を持つ私は、
誰かが攻撃されている空気に長くいると、心が削られてしまいます。
たとえそれが「正しいこと」だったとしてもです。

大勢が集まり、誰かを裁く場所。
そこに流れる興奮や怒りや正義感。
それらをまともに浴びるくらいなら、
静かな場所で一人で本を読んでいたい。

この小説を読んで、
自分が「群衆の中に入らないタイプ」であることを、
あらためてはっきりと自覚しました。


3. 朝活読書は、私にとっての「安全な場所」

この物語の世界は、少し息苦しいです。
どこまでが正義で、どこからが暴力なのか、
その境界が曖昧なまま進んでいく。

だからこそ私は、
朝の静かな時間にこの本を読むのがとても心地よく感じました。

誰にも邪魔されず、
誰の意見にも引っ張られず、
ただ物語と自分の内面だけがある時間。

INFJにとって、この「ひとりの思考時間」は本当に大切です。
朝活での読書は、情報や感情が溢れる日常から一度離れて、
自分の軸を取り戻すための時間でもあります。

この小説は、エンタメとして面白いだけでなく、
「自分はどこに立つ人間なのか」を静かに問いかけてくる作品でした。


まとめ:仙台で読むから、もっと深く刺さる

『火星に住むつもりかい?』は、
スピード感のある展開と伏線回収が見事なエンターテインメント小説です。
それと同時に、「正義」「集団」「個人」というテーマを、
読者にじわじわ突きつけてきます。

仙台に住んでいる人なら、街の描写にニヤリとできる。
伏線回収が好きな人なら、最後まで一気に読める。
そして、「周りの空気を読みすぎて疲れてしまう人」には、
きっと刺さる部分があるはずです。

過去の自分が読んでいた一冊を、
今の自分が仙台で読み返す。
そんな小さな時間の重なりも含めて、とてもいい読書体験でした。

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──自分の気質を知ると、小説の読み方も少し変わってきます。

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